社会の中で自分の在り方を見つけ生きる

更新日:2020年4月24日

すでに知ってくださっている人はいるかも知れませんが、 僕は2001年にテニスを始め、 15歳〜20歳まで国内大会やITF(国際大会)を主戦場にテニス選手として活動をしていました。

テニスをやめてからは、実業の世界に飛び込んで勉強の日々です。 2016年ごろから社会性を追求した事業開発の提案とサポートをはじめ、

企業研修サービスや、理念浸透PJT、地方活性化PJTなどのクリエイティブディレクションを行っています。


前置きが長くなりましたが、なぜ学歴も何も実績もない僕が、この道やこの考え方にたどり着けたのかこの数年とても考えました。 そして、社会でうまく生きれない人達に少しだけシェアしたくなりました。

この先の文章を見る前に、2つ自分に問いかけて欲しいです。

・いま自分らしく在るために、生きがいや働きがいを見出して生きていますか? ・このままの人生で、自分の人生の持続可能性はどれくらい残されていると感じますか?


今いる世界が自分の居場所ではないかも…という"違和感" を感じる方々へ。 これから先の人生をしっかりと自分らしく美しく彩りデザインしたいと思っている方々へ。

この投稿をきっかけに、皆さんに己の在り方や、自分の人生のサスティナブル(持続可能性)について考えるきっかけを与えることができたらと思います。 その結果として、生きがいや働きがいを見出すことができたり、 キャリア選択をするうえでの判断材料にしていただけるととても嬉しいです。

では、自己紹介を兼ねた自分史を書かせて頂きます。


昔から人と共存したり、組織や誰かに身を委ねて協力しあって生きていくことがとても苦手でした。 中学の頃から本気でトップアスリートを目指してはいましたが、 クラブチームなどは付き合いが嫌で馴染めず、すぐに辞めてばかり。 学校組織もうまく馴染めず、途中からなかなか行けなくなってしまい、 母に頼んで誰よりも早く学生という身分を卒業させてもらいました。

生まれたときから父もいない、親戚も日本にいない、友達も作りたくない(というか作れない)、 尊敬できない年齢だけ重ねた大人の言うことは聞きたくない、 習ってもいないコーチや、同じアスリートの仲間や、スポンサーになってくれた企業の人も苦手で、 なるべく社会と距離を置いていたいと訴えてくる自分の魂。 当時の僕の世界は、"一人の母と、一人の親友と、一人のコーチ。" 関わる幅は嫌でも広かったが、その中でも小さな世界だけを大切にして生きてきました。


今SNSなどをフォローしてくれてる学生時代やアスリート時代の友達も、 よく考えてみたら、僕との思い出なんてきっとそんなないと思うし、深く関わった事ない人が多いと思います。あー、居たなー。くらいのレベルだと思う。 昔からそんなに社会性はなく、どちらかというと孤立してどこかにポツリと一人でいたかったことを今でも鮮明に記憶しています。 かといって、誰かの居場所を奪ってボスとして生きる覚悟もないし、勇気も、度胸も、野心もありませんでした。 競争もそんなに好きではなく、 競技を続けさせてくれた母には申し訳ないけどアスリートもそんなに向いていませんでした。 負けず嫌いだね。と言われはしますが、誰かに負けたくないわけじゃなくて、自分の中のゆずれない部分に対して負けたくないだけで、人と比べたくも比べられたくもなかった。 結果を出されることも嫌いだったし、出すことも怖かったです。 自分の中で自分をしっかり評価できていればそれが一番心地よかった。 改めて、本当にちっとも社会的に生きられなかった10代の僕。 かといって奇跡的にグレたこともないし、反社会的な道に行ったわけでもない。 別に嫌なやつでもなかったと思います。 つまり僕は"否"社会的な人間。自分の世界で生きていたかった。 自分の中で筋を通して、しっかり生きていればいいと思っていました。

…しかい、生きるという事にはそれだけで責任が生じます。 国民として、日本への義務を果たさなければならない。 その頃に生じた責任は "労働" と "納税"。 日本に住むということは、嫌でもこれだけはしないといけない。 なぜなら、一国民が存在する以前に、一国がある。 そう思い納得はしたものの、実際どうしようか路頭に迷っていました。

あの頃ちょうどアスリートとして生きる事を諦めて、 学歴も職歴も資格もなく、できることなんて何もなくて、 それなのに、知らない人と関わりたくないから就職やアルバイトはしたくない。 更に言えば、そもそも魂を自由にしてやりたいから、人の下になんてつきたくないし、 そもそも忠誠を誓えないのに、生存のために仮面かぶって下につくことがおこがましいとさえ思っていました。 そう、僕は迷いました。凄く凄く迷った。 で、巡り巡って僕が出した答えは、 "自分の居場所は自分だけの居場所として自分が責任を持って作る。" そう決めました。つまり、仕事の自給自足。 起業や経営など、そんな美しくて素晴らしいものじゃなくていい。 ただ最低限の自給自足をしてやろうと。ルールはとても簡単。 好きな仲間を集めて、 なおかつ、僕の考え方とか、できる事を最大評価してくれる人だけの組織を作っていこうって決めました。 肩書きも職種もジャンルも何も決めない。ライフワークバランスとか考えない。 "僕と何かしたい" って言ってくれる、僕の存在を価値として認めてくれる人を探して、 その人たちから求められた僕にしかできない事をしようって漠然と決めた。 一般的で多くの人たちへ向けマスなものじゃなくて、 極少数の僕のことを最大評価してくれる人へできる限りの最善を尽くす。

その頃からでしょうか、人々から感謝されることを喜びに感じるようになりました。 利己の為にやっていたことが、結果として利他の為になり、自分の心が求める重要な要素が変わり始めた。 自分も生存しながら、無理せず少しずつ自然な形で社会貢献になっていればいいなと考えるようになりました。 いつか利己の為じゃなくて、100%利他の為にやれたら素晴らしいんだろうな。と。 そこからどんどん、自分だけの立ち位置を見つけることになるのですが、 面白いことに、僕が昔から抱えてた大きな障害の一つ

"自分らしく生きれないと嫌だし、 それを何としてでも体現して押し通してやる。 責任を取るのは俺だから。"

という考え方やスタイルは、 実は社会の人たちが求めている能力だということに気がつきました。 やりたいことを押し通す根気強さや、 その意見を通すための抜け道をみつける頭の回転の早さや、 パワープレー的行動力と、論理的思考力、 あとはラテラルシンキングの部分などで需要が生まれていきました。 大手ではありませんでしたが、組織や事業をブラッシュアップだったりエンハンスさせる為の相談役や顧問役のポジションとして求められるようになりました。

しかし、そういう押し通す考えを求めてる人たちには、利己的な人が多すぎました。 それは当たり前なことなんだけど、、、もちろん大手企業も自己利益の追求はしますから。 でも、”人の為をもっと考えてる人と仕事がしたい。” あれだけ俺が俺が精神で生きてきた僕がそんな風に思うようになっていて、 それでなにかがプツンと嫌になって、その頃やってた会社を仲間に売りました。

仲間は本当によかったんだけど、環境とかお客さんを一新したかった。 それと同時に、もっと成長する為に一人で0からやり直したかった。 それが2015年とか16年くらいのことです。 そこから色々と試行錯誤してたどり着いたのが今。  「社会の中で自分の在り方を見つける」という理念と 『ひとりひとりの人生のサスティナブルを考える』という企画です。

僕の中でしっかりと繋がりました。この為に僕はいるんだと。


今、社会は自己実現できていない人たちで溢れています。 『決断』も『判断』も自分が下したはずなのに。 ブラック企業・ストレス・パワハラ・鬱・自殺・過労… ・俺の居場所はここじゃない。 ・人生一度きりなのに。 ・やりたいことがほかにあるんだよ。 ・もうなにもかも無理行きたくない。 ・どうやったらやめられるんだろ。 大なり小なり、心の声があると思います。 そして同時に、その声にあえて蓋をして生きているとも思っています。 なぜなら、その声をどうすれば無くすことができるかがわからないから。 でも実は答えは簡単で、たったひとつしかありません。 それは、自分らしく生きるための”生きがい”と”働きがい”についてしっかりと考えること。 たったそれだけ。…って言われてもなかなか実際にはできないと思います。

なぜなら、自分の内面にある "社会の中で、自分の在り方ってなんだろう?" "自分の人生の充実ってなんだ?" "自分の正義ってなんだ?" という類の、大切な精神的な要素の定義化の方法を、 先生も先輩も上司も総理大臣も誰も教えてくれないから。 もしかしたら親だって教えられていないかも。

だから自分が社会にとって何ができる人間か? ということを自分自身が見出すことができない。 その結果として、怖いからマスの意見や在り方に依存して執着して固執してしまう。 本当に自分にとって必要かすらわからない環境や組織に依存してしまう。 そして目を瞑り、殻に閉じこもり、耳を塞ぎ、それらを受け入れてしまう。 この負のスパイラルって日本にとって本当にまずいことだと僕は思います。 そして、この負のスパイラルを食い止めるために、 自分の在り方や自分のサスティナブルを考える重要性を伝えることのできる人や組織を増やしていくことをしなければいけないと思いました。 そうすればその人や組織に、独自の在り方が生まれて、世界の中で自分の居場所を作ることができる。 またその先にイノベーションが起きて一個人の在り方が連鎖して、世界の中で自分の居場所が見つかりだす。 そうすれば、"社会の中で自分の在り方を見つけて生きる。" ってことをみんなが考えてシェアしていける、凄くいい世界になるなって思いました。 時間はかかるかもしれない、でもやらなかったら始まりません。 違和感も戸惑いもない争いも生まれない世界。 "否"社会であろうが自分で居場所を作って生きれる世界。 綺麗事かもしれないけど、こういうことをする為に、僕は色々な問題にぶつかりながらこの道に流れてきたんだなって腑に落ちるようになりました。 無理せず、偽らず、虚勢を張らず、自分の心に触れてみれば、 自分が本能的に持ち合わせている価値観や正義や志は必ずあるはずです。 人生の充実。それをシェアしあう。 それができたら、未来永劫、人々の心の中に刻まれて生き続けることだってできる。 全ての答えは自分の心にある。 そして、その心の炎を人の心に灯すことが、きっと自分らしく生きていくための一つの答えだと思います。

そのために僕はこれからも発信や行動をしていきたいと思っています。 長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます。

最新記事

すべて表示

これは皆の思う成功の本質に当たるのかな? 『貧しい地域や学歴の無い人が豊かな暮らしを手に入れることができるのか? それともずっとそのままなのか?』 日本ではこの上方流動性があまり高くない。なぜこの流動性が高くならないのか? まず国内での地域格差。 首都圏にはチャンスがある。人が集り、経済も活発で、成功の実現性は高い。 しかし、地方はどうしてもチャンスが少ない。 経済成長から取り残された街は経済的・

Yuki Yoshimura 生年月日 1992年1月13日 出身地 東京都世田谷区 身長 170cm 体重 65kg(オン) 72kg(オフ) 血液型 B型 2001年にテニスを始め、 15歳~20歳まで国内大会やITF(国際大会)を主戦場に選手として活動をする。 しかし、当時の周りの企業との関わりや、イベント企画などを通して、多くの人々と関わり、より大きな社会と交わっていく中で 、 “自分から